専門学校メンバーの集結
こんばんは!
本日の成功日記は、フランスで活躍しているメンバーが一時帰国していたことから当時の先生が声をかけてくれた時に話していたことを共有します。
今から9年前、私は大学卒業後服飾専門学校へ入った。
当時、お金もなく支払える金額が、社会人コースだけで、それすらも払えず頭金すらなく全額分割で入学したのを今でも覚えている。
社会人コースとは、毎週土曜日のみの1年間の講座だ。
午前中はデザイン、午後はパターン。
この時の話はまたいつか。
今回は当時デザイン授業のクラスメイトの集まりだ。
当然デザインのみでパターンを専攻しなかったり、デザインを2回受講するケースもあったため午前中と午後でメンバーは変わった。
当時は日に日に作品が完成して、プレゼンして、みんなからコメントを貰えるのを楽しみにしていたものだ。
デザインの描き方が余りに下手で今でもその作品を見るとコメントしようがない程だったが、それでもみんなからコメントをもらえるのは嬉しい。
脱線したが、クラスメイトは全員で15名前後だったかな。その中の1人が、卒業後フランスへ渡り、今でもデザイナーとしてフランスで就業し、大活躍をしている。
当時のクラスメイトも卒業後あったのは去年の3月が久々だった。
結婚されている方、アパレルへ就職など服に携わっている方が大半だ。
アパレル事情は私にとって新鮮であった。
私も当時卒業後三越へ出向したり、個人事業でワイシャツのオーダーメイドを展開したりと端くれなりに今も志しはある。
しかし、フランスのお話を聞いて、まじでやりたいことを実現させたその子の話は凄まじい。
以前記載した私も恩師(勝手に)「鈴木健二郎さん」もフランスのパリで大活躍をなされているが、その道のりは長く、いばらしかなかったはず。
一時帰国している彼女もそうだ。
言葉の壁、文化、異国で好きなことをやりながら生活をしていくそのバイタリティ。
圧巻だった。
彼女は言った。「死ぬ気でやってましたし、今も仕事に手を抜くことなくデザインを描いている」
やった人にしか言えない言葉。
この話を聞いて、業種は違えど、やりたい軸をできる軸へ変えるためにやりたい材料を5W2Hのように当てはめ、手を抜くことなく、本気でもっともっと進み続けなければならない。
今のフィールドを最大限活かし、再現性があるビジネスを残し、属人的なビジネスを創る。
リスクヘッジは考えても保険は作らない。
この保険とは、安パイのこと。
安定的収益モデルがあるからこそ、それに浸らず、すぐに2手3手を生み出していく。
これがやはり私もモットーなのだ。